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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2213号 判決

控訴人 株式会社パンドール金子

右代表者代表取締役 松本茂

右訴訟代理人弁護士 河嶋昭

被控訴人 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右指定代理人 友沢秀孝

〈ほか二名〉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、一四四二万六四〇一円及びこれに対する昭和五〇年一月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び立証は、次のとおり付加又は訂正するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六丁表五行目冒頭の「記載の事実は認める。」の次に「同項(三)記載の事実は否認する。」を付加する。

2  同七丁目表九行目の末尾に「同第5項記載の事実は不知。」を付加する。

3  同第八丁表五行目の「当時」を「被控訴人職員川嶋忠男撮影」と訂正する。

4  控訴人は当審において「七号線が建設されると本件被害地付近の自然環境が人為的に大幅に変更され、そのために水害発生の危険性が増大するので、被控訴人は右危険を防止するため昭和四九年三月までに神田川に高田馬場分水路を構築することを計画した。しかし、被控訴人の職員の怠慢や落度のために右分水路の工事が遅延して計画どおりに完成しなかったが、仮りに右分水路が計画どおりに完成していれば本件災害は発生しなかったので、被控訴人は国家賠償法一条一項に基づき控訴人が本件災害によって被った損害を賠償する義務を負うものである。また、被控訴人が管理の責任を負う神田川につき、それに付随する構築物である高田馬場分水路の工事が被控訴人の職員の怠慢や落度のために遅延して計画どおりに完成しなかったことは、管理の瑕疵であるので、被控訴人は同法二条一項に基づき控訴人が本件災害により被った損害を賠償する義務を負うものである。」と主張し、被控訴人は「控訴人の右の主張事実は否認する。」と述べた。

5  《証拠関係省略》

理由

一  被控訴人が昭和三六年一〇月五日東京都新宿区戸塚一丁目を起点として同区西落合一丁目を終点とする全長約三・六キロメートルに及ぶ放射第七号線街路の新設工事の事業認可を得て、昭和三九年着工し、昭和四八年にはほぼ完成し、交通の用に供した(七号線の位置は原判決末尾添付の浸水区域図に記載したとおりである)こと、右七号線は豊島区高田三丁目西端部において国鉄山手線の土手を貫通し、東方において環状第五号線(通称明治通り)と交差するのであるが、右土手から明治通りの手前(西方)約一五〇メートルの地点までは下り勾配に、同地点から明治通りとの交差点までは上り勾配になっていること、本件被害地付近を流れる神田川は源を三鷹市井の頭公園井の頭池に発し、新宿区戸塚三丁目において妙正寺川と合流して新宿、豊島、文京の区境を東に向って流れ、隅田川に注ぐ河川である(神田川の本件被害地付近の位置は原判決末尾添付の浸水区域図に記載したとおりである)こと、昭和四九年七月二〇日東京地方に局地的な集中豪雨があったため神田川が西武新宿線下落合駅付近で溢水したこと、その際右溢水が七号線の道路上を走って本件被害地付近一帯に流れ込んだこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。また、《証拠省略》によると、右集中豪雨による浸水被害の範囲は原判決末尾添付の浸水区域図に記載のとおりであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  控訴人は、まず、被控訴人は神田川の管理者として、神田川は本件災害前も下落合駅付近においてしばしば溢水していたのであるが、右溢水は七号線建設以前は山手線の土手によってさえぎられて本件被害地付近まで到達することがなかったことを熟知していたにもかかわらず、被控訴人が山手線の土手を貫通し、かつ明治通りとの交差点の手前(西方)約一五〇メートル付近から上り勾配となるような七号線を構築したために本件災害が発生するに至ったものであるから、被控訴人は国家賠償法一条一項により本件災害につき責任があると主張するので、検討する。

《証拠省略》によると、昭和四九年七月二〇日集中豪雨のため神田川は妙正寺川との合流点付近から山手線の土手の西側の間で溢水し、その水の一部が西武新宿線の軌道敷を越えて北側の七号線に至り、七号線が山手線の土手を貫通しているところを通ってその道路上を東進し、本件被害地周辺に流入したこと、神田川はそれまで妙正寺川との合流点付近から山手線の土手の西側の間でしばしば溢水していたが、その水は西武新宿線の一段高くなった軌道敷にさえぎられてその北側に至ることはなかったこと及び神田川の右溢水が西武新宿線の軌道敷を越えたのは、当時神田川の本件被害地周辺より上流の流域に局地的に最高一時間に五一ミリメートルに達する集中豪雨があったことが原因であることが認められ、右認定に反する証拠はない。してみれば、神田川の溢水が西武新宿線の軌道敷を越えて北側の七号線に至ることは本件災害時以前は例のないことであったものであるから、被控訴人において、事前にこのことを予側することは困難であったというほかない。しかも本件に現われた全証拠を精査しても、被控訴人が事前に右の予測ができたとする特段の事情、即ち、山手線の土手の西側で西武新宿線の南側の部分の神田川周辺の土地や西武新宿線の軌道敷あるいはその付近の土地の状況に変動があって、そのために神田川が溢水するときは、これまでのように右軌道敷の南側に止まるだけではないことを窺わせる事情や前記のような集中豪雨を予側すべき事情が存したことを認めるに足りる的確な証拠はない。従って、被控訴人は、本件災害当時神田川の溢水が西武新宿線の軌道敷を越えて北側の七号線に至ることを予側できなかったというほかないから、被控訴人が七号線を構築するにあたり神田川の溢水が右道路上を通って本件被害地に至らないようにするまでの注意義務を負うものということはできず、更に立入って判断するまでもなく控訴人の右主張は理由がない。

三  控訴人は、つぎに、七号線は、山手線の土手を貫通するように構築すると、もし神田川が下落合駅付近で溢水したときには、その被害が本件被害地周辺にまで拡大する危険を有するものとなるにもかかわらず、被控訴人がこの危険に対する適切な措置を講ずることなく放置していたことは、結局、七号線の管理に瑕疵があったものであるから、被控訴人は国家賠償法二条一項の責任があると主張する。しかし、同条項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常備えるべき安全性を欠くことと解すべきものであるところ、控訴人が主張するところは、七号線が道路として通常有すべき安全性にかかわるものとはいえないので、この主張は事実上の判断をすすめるまでもなく理由がない。

四  控訴人は、さらに、被控訴人は七号線の構築により増大した水害発生の危険性を防止するため昭和四九年三月までに神田川に高田馬場分水路を構築することを計画しながら、その職員の怠慢や落度のために右分水路が計画どおりに完成せず、このことが本件災害の原因であったから、被控訴人は国家賠償法一条一項の責任を免れないと主張する。しかし、《証拠省略》によると、高田馬場分水路の構築は神田川再改修計画の一環としてなされるものであって、七号線の構築とは関係のないものであるが、たゞ用地取得の困難を避けるため七号線が神田川とほぼ平行して構築される部分を利用して七号線の道路下に暗渠として設置することになり、七号線と同時に施工されることとなったものであることが認められる。してみると、高田馬場分水路工事が七号線の構築により増大した水害発生の危険性を防止するためのものであるということはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はないから、控訴人のこの主張はその前提を欠くものであって、その余について判断するまでなく理由がない。

五  控訴人は、最後に、被控訴人が管理の責任を負う高田馬場分水路の工事が被控訴人の職員の怠慢や落度のために遅延して計画どおりに完成しなかったことは神田川の管理の瑕疵にあたると主張する。しかし、工事の遅延が国家賠償法二条一項所定の営造物の管理の瑕疵に該当しないことは、前三に述べたところから、明らかである。なお、右主張は、高田馬場分水路の構築が完成していないことが神田川の管理の瑕疵にあたるとの主張を含むとも解されるが、《証拠省略》によると、高田馬場分水路の流量は神田川の下流が整備されていない現状では毎秒五〇トンにとどめられており、当時右分水路が毎秒五〇トンの流量で稼動していたとしても、なお、前記二のような経過によって本件災害の発生は免れなかったものであることが認められ、これを左右するに足りる的確な証拠はない。従って、右分水路工事が完成していても、それだけで本件災害を防ぐことができないものであったというほかないから、控訴人の右主張は理由がない。

六  してみれば、控訴人の本訴請求はすべて理由がないので棄却を免れず、叙上と趣旨を同じくする原判決は結局相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上泉 裁判官 奥村長生 大島崇志)

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